神社入り口の鳥居、両側に立派な唐獅子様が鎮座。

正面奥には拝殿があります。衣服を正し、姿勢を正して、二拝二拍手一拝の作法でお参り。
薫的様は学問の神、芸術、武術に優れ勝運の神様として信仰されています。
明治3年には洞ヶ島(ほらがしま)神社の名称でしたが、昭和24年11月に薫的神社と改称したそうです。
一般には「薫的さん」の名で親しまれている。

鳥居右側の松の奥にある大きな燈籠には才谷屋助十郎の名前があります。

「薫的様御昇天の御牢」
薫的神社の祭神【薫的和尚】が投獄され自ら舌を噛み切り、入寂したと言われる牢屋。
神社の資料によると、牢屋は明治時代に一旦小津高校(高知市城北町)付近に移転されたが、その後城西公園へ移転され。1950年に薫的神社に移転され現在に至る。
土佐勤王党の平井収二郎や岡田以蔵も投獄されたそうです。

ブルーの説明板より> 山田町(現在の高知市はりまや町3丁目付近)の獄舎では。実際に、土佐勤皇党の平井収二郎(妹・かほは龍馬の初恋の人)、間崎哲馬、弘瀬健太が山内容堂の逆鱗にふれ、切腹させられました。
その他、多くの勤皇党員が入牢させられ、勤皇党首領、武市半平太の弟、田内衛吉の服毒自殺、島村衛吉の拷問死、他に斬首3名、禁錮7名、岡田以蔵は獄門刑(さらしくび)という厳しい処分を受けました。薫的神社のお牢は、山田町獄舎の一部を移築したものです。

現在は神輿などを入れる物置きとして使われているそうです。


池には沢山の錦鯉が優雅に泳いでいました。
2010年8月 撮影 

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