高知城
慶長6年(1601)土佐二四万石を受領した山内一豊公によって創建、その後城下町の大火で、追手門を残しほとんど焼失。宝暦3年(1753)再建、現在に至っている。
明治維新後、公園化のため多くの建造物が撤去されたが本丸及び追手門等十五棟が残され、城跡と共に創建当時の形がほぼ完全な状態で残っている全国でも有数の名城である。現在国より次の指定を受けている。

重要文化財 天守・追手門等15棟
昭和9年(1934)当時の国宝保存法により、国宝の指定を受けた。左の石碑はその記念碑である。
昭和25年(1950)の文化財保護法制定により、重要文化財と名称が変更された。

史跡 高知城跡約10万平方メートル
昭和34年6月18日(1959)史跡の指定を受けた。

  追手門
慶長年間創建、寛文4年(1664)に再建されたもので、当城では珍しく切石を積んだ石垣を枡形に配置したうえ南面して建てられた城の正門である。
重層で屋根は入母屋造り その木割は太く堂々とし、欅を用いた主柱や扉、冠木等には要所に銅製の飾金具を取付けている。
その規模が大きく、城門として豪壮優美な趣を備えている。
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土佐山内家
高知城の城主
「山内一豊」の像
慶長5(1600)年の関ヶ原の戦いでは徳川方に味方し土佐一国を与えられた。
←土佐二十四万石初代藩主
山内一豊の妻「千代像」
嫁入りに持参した黄金を鏡箱より取り出し、夫に名馬を買い与えた逸話は余りにも有名です。一豊公の出世の糸口とも讃えられた千代女の「内助の功」を象徴的に世に伝えた逸話でもあります。
馬の名について、「功名が辻」ではオオタグロとなっていたようですが、色々な説があるそうです。

周辺
←お城周辺の案内用のモニュメント。
 尾長鶏を象っています。
お堀にかかる橋→
お堀には鯉や亀、鴨等の色々ないきものが生息しています。
お天気のよい日は、お弁当を持って高知公園でランチも良いですよ

高知城についてもっと詳しく知りたい方は 
高知城公式ホームページへ 
最終更新日2010年3月 

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