土佐サンゴ発祥の地

 ここ月灘沖を含めた渭南海岸には、徳川時代からサン
ゴのあることがわかっていました。一人の漁師が桃色サ
ンゴを釣り上げた偶然が日本サンゴ史の始まりとされて
います。                     
 土佐藩では厳重に採取を禁止し、その所在を口にする
ことを固く禁じました。このことは今なお残る童唄  
  お月さんももいろ だれんいうた あまんいうた 
   あまんくちひきさけ             
(注:だれん=誰が いうた=言った あまん=あま)
にうかがい知ることができます。この唄は口をとざされ
た漁師や子供たちによって唄いつがれたものでここ小才
角はこの唄の故郷であります。           
 明治維新後この禁令は解かれ、明治七年にこの付近の
海域ではじめてサンゴ船による採取が行なわれその後は
急速に発展し、明治三十年代には七百隻の採取船が出漁
し、愛媛県からも多数の船が沖の島周辺に来て採取しま
した。乱獲の結果資源が涸渇、ついに大正十二年頃には
ほとんど中止の状態となりました。         
 その後、五島、台湾、奄美大島、小笠原諸島周辺やミ
ッドウェー沖にて多くとれ、当地方では今もなお、その
加工が盛んです。最近また月灘沖の赤サンゴが大変注目
されています。                  

↑ 文章全文
サンゴを抱えた少女の像と“土佐サンゴ発祥の地”の案内板 ↑

月灘の海(大月町)

Lapinより》
高知県は東西に長く、方言もやや異なっています。
Lapinのある高知市内では、今どきの若者は生粋の土佐弁を話しません。
従来「・・・するがやき」=「・・・するがって!」に変化しています。
(2005.11現在)
片坂峠を境に、西方と呼ばれる幡多地方では土佐弁よりも京風?江戸風?のように優しい言葉を話します。
高知市内へ出掛けるよりも九州(大分県)や愛媛県が近い為、その方言も「・・・するき」「・・・しちょくき」=「・・・するけん」と話 すようですね。
師匠藤本の出生もこの素晴らしい月灘地方(大月町:小才角)の小さな港町。
明治・大正・昭和初期から、珊瑚採取船の乗り組員も多く、この小さな町は珊瑚に関わる多くの優れた人々を誕生させたと言っても過言ではありません。


珊瑚は深海からの贈り物。
その珊瑚に彫刻が施せるのは、先人が積み上げて来た技と叡智をしっかりと継承しヤタラから立体彫刻に至る迄、珊瑚に新たな息吹を吹き込むことができる珊瑚職人だけです。

私達にできること。
未だ未知の領域である神秘の珊瑚。
私達の先祖であったのかも...と思える時間もまた愉快です。
自然を慈しみ命の源を守ることは人類の責任。
珊瑚が育つ海を守れるように、少しでもエコを考えて頂けたらと思います。


土佐弁ひとくちメモ
〜するがやき= 〜しようと思っている




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